僕とnogutaとAgile2008:勝手に腹黒編集長紹介(5)

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「勝手にあの人紹介」被害者の会・懸田 剛

あれは僕がAgile Conference 2008(Agile2008)に参加した時の話だ。

毎年夏に北米で開催されるAgile Conference。ここ数年は、毎年大勢の日本人が参加するようになった恒例の海外カンファレンスであるが、2007年まではわざわざ日本から渡米する参加者は、まれだった。2003年から、平鍋さんがなんとか理由をつけて毎年参加してくれ、日本の皆に最新情報を伝えてくれていた。

そんな状況の中、普通のエンジニアである僕を含む仲間が「Agile2008に参加しよう!」と仲間を募って参加を企画したのが2008年だった。その時、nogutaもそこにいた。

nogutaと僕の出会いは、いつ頃からだったのかよく覚えていない。しかし彼が副編をしていた『エンジニアマインド Vol.3』において「ライトニングトークの歴史」という記事を寄稿したのは覚えている(ちなみにこれは野口メソッドの発動ではなく、あまのりょーさんからのお誘いで執筆したものだと記憶している)。

nogutaは日本からは唯一、プレス扱いでカンファレンスに参加していた。ちょうど彼は、2008年7月にマナスリンクから『EM ZERO Vol.0』を発行した直後だった。nogutaが『エンジニアマインド』の休刊を機に、数人の仲間と会社を起ち上げてフリーペーパーを発行していたのは知っていた。彼がAgile2008に参加を決めたのも、当然「カンファレスの取材に来たのだなぁ」としか考えていなかった。

しかし……、彼の目的はそんな甘っちょろいものではなかったのだ!
真の目的、それは……世界征服の実現だったのだ!!

それに気づいたのは、カンファレンス会場の中に入った後だ。nogutaは突然、羊から狼へと豹変し、Agile界隈の有名人を見つけるたびに、『EM-ZERO』片手に流暢な英語をまくしたて、手当たり次第に『EM-ZERO』の宣伝をしまくっていた。

毎回同じセリフで『EM-ZERO』について怒涛のアピールをするnogutaの姿は「自社製品を営業する営業マン」でも「自分のサービスを投資家にピッチする起業家」なく、巧みな話術でお茶の間を魅了するジャパネットた◯た社長そのものだった。そしてその波は、同じくIT系メディアの世界的権威であるInfoQ CEOのFloydにも及んだ。

こ、こいつは本気(マジ)だ!

僕はそう察知した。そしていつの間にか、Katie Playfairさんに野口メソッドを発動させ記事を書かせていたことを後で知った。ついに海外でも野口メソッドの被害者が生まれてしまったのだ!(チーン!)

ちょうどカンファンレス期間中、僕はnogutaや@essence_sさんと同じ部屋だった。僕らは毎晩お酒もほどほどに、部屋で熱く語り合った。何を語っていたのかはもはや記憶にはないが、熱く語っていたことだけは覚えている。

そして、Agile2008から帰国後しばらくして、いつの間にか僕は『EM-ZERO』に沢田マンションの記事を寄稿することになってしまっていた。それも、当初執筆ページは見開き2Pの予定だったのが増えに増えてしまい、EM-ZERO Vol.3の分冊の原因のひとつになってしまう程に……。

皆、騙されちゃいけない。
nogutaは優しい顔で近付いて、甘い言葉でいつの間にか原稿をあなたに書かせるんだ。しかも予定をオーバーするほどに……。
そうやって人を原稿書きとして洗脳し、一人ずつ自身の編集配下にライター人として追加していくんだ。それも日本だけじゃない、世界中にだ!!

皆、マナスリンクなんて名前に騙されちゃいけない。きっと表札の裏にこう書いてあるはずだ。

秘密結社 ナマスリンクとね。

noguta_寝る


「勝手にあの人紹介」被害者の会とは?

Manaslink腹黒編集長野口隆史による身勝手連載「勝手にあの人紹介」に勝手に紹介された方たちが、立ち上がり結成しました。
勝手にあの人紹介被害者の会

これまでの被害の模様

腹黒い被害の全容

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