2010年2月22日東京銀座で、株式会社ニッポンダイナミックシステムズの主催による「ビジネス価値を高める『要求開発』セミナー~要求開発宣言から実践へ」が開催されました。同セミナーは2009年9月30日に行われた要求開発セミナーの第二弾で、要求開発を理論と実践の両面から推進する匠Business Placeの萩本順三氏とニッポンダイナミックシステムズの企業改革への取り組みを紹介するものです。

ニッポンダイナミックシステムズが要求開発を用いた企業改革を始めてから1年が経過したこの日、どのような成果が得られたのか、また今後どのような方向に進んでいくのか、要求開発企業改革の最前線に立つ社員の方々、そして来場者の方々を交えて熱い議論が交わされました。

 ビジネス価値を掴む要求開発活動―株式会社匠Business Place 萩本順三氏

要求開発の鍵はこたつモデル

セミナーは萩本氏の講演で始まりました。そもそも、要求開発とは何でしょうか。要求開発の導入支援をしている萩本氏は「こたつモデル」を使った解説を行いました。システム開発には様々な人がそれぞれの立場で関わります。すべての当事者が対等の立場で1つのこたつを囲んで対話しなければ、本当にビジネス価値のあるシステムはできません。萩本氏によると、「経営者、管理者の戦略的な視点」「現場業務の問題解決の視点」「IT専門家による活用の視点」の3つをバランス良く組み合わせて導き出されるものが真の要求だそうです。すべての当事者が話し合いのテーブルに着いているか、誰かの声が大きかったり小さかったりしないか、互いの相手の話を聞いているか、といったことを確認することが要求開発の第一歩です。

    

 経営の視点とシステムの視点を手段と目的の連鎖でつなげる

経営の視点とシステムの視点はダイレクトにリンクしません。要求開発では「ビジネス戦略→ビジネスオペレーション→システム要求→システム設計」の4段階を、How(手段)とWhat(目的)の連鎖でつなげて考えます。

  • ビジネス戦略はビジネスオペレーションの目的
  • ビジネスオペレーションはビジネス戦略の手段
  • ビジネスオペレーションはシステム要求の目的
  • システム要求はビジネスオペレーションの手段
  • システム要求はシステム設計の目的
  • システム設計はシステム要求の手段

 同じシステム要求でも、見方によって手段にも目的にもなります。ビジネスの話をするときには手段として語り、システム設計の話をするときには目的として語るといったように、常にものごとの両面を意識して見る習慣が要求開発には必要です。

萩本氏によると、元々要求開発はシステム要求とシステム設計の連鎖をより上位のビジネス領域にまで拡張してできたもので、ITエンジニアの高い設計技術をビジネス領域で生かすには格好の手法です。ビジネスからシステムまでを手段と目的のつながりで分解して整理して考える能力、そしてこの連鎖を円滑にマネジメントするこたつモデルの2つが要求開発の大きな特徴です。

 SIはビジネス価値を生んでいるのか

SIはビジネス価値を生んでいるのかという疑問が投げかけられることがありますが、エンジニアがシステムからビジネスまでのつながりを常に意識することで、ビジネス価値を生むシステムが生まれます。ビジネスまでのつながりが見えることで、現場での作業もより楽しくやりがいのあるものに変わるはずです。仮にビジネスまでの距離は遠くても、つながりが見え、システムの先にあるユーザーをイメージでできればやる気が生まれるのです。

ビジネスの側から見ると、エンジニアはビジネスに必要なものだけを作ることになります。かゆいところに手が届かない設計や使えない機能と行った問題は、最初に価値を描き、システムに戦略性を持たせることで、早期に解消されます。ビジネスでシステムがどう使われるかをこたつモデルを使って引き出すことのできるエンジニアは、必要最低限のIT投資でビジネスの要求を実現することができます。また、要求開発を続けていくと、必要なものを作る(Howの手探り)ことができるだけでなく、大きくビジネスを変えるしくみを作る(Howからの突き上げ)可能性も生まれてきます。これこそが現在ニッポンダイナミックシステムズで行われている試みです。

 要求開発を通じた企業ブランディング―内と外の強化をつなげて考える

続いて萩本氏は、要求開発を使った企業ブランディングについての解説を行いました。要求開発による企業改革は、

  • 内の強化:仕事力の強化
  • 外の強化:ビジネス価値の増大

の両面を意識します。内の強化としては、意識改革はもちろんのこと、設計力、開発力、ビジネスモデリング力、プレゼン力、コミュニケーション力などを磨いていきます。そして、その成果を営業活動やマーケティングといった外の強化につなげていきます。ここでも個別の要素を価値につなげる要求開発のスタイルが貫かれています。この外の強化や、内の強化を全方位的に行うことが重要なのです。

ニッポンダイナミックシステムズでは、要求開発の活動を通して、

  • エンジニアによる営業活動や要求開発サービスの構築
  • NDS要求開発宣言の発表
  • 西日本要求開発アライアンスの立ち上げ支援

など、外から見える成果を生み出しています。もちろん、今回の要求開発セミナーも企業改革の成果のひとつです。

 要求開発で何が変わったか

要求開発を1年間実践してニッポンダイナミックシステムズはどのように変わったのでしょうか。萩本氏によると、

  • 覚悟ができてきた(自分のこととして捉えられるかは来年度の課題)
  • 外の視点で自分たちの仕事を見る習慣が身についてきた
  • 営業力が身についてきた(エンジニアが営業することが自然になってきた、提案型のサービスメニューが確立してきた)
  • ビジネスセンスが身についてきた
  • 表現力が身についてきた
  • 自主性、積極性が身についてきた
  • こたつモデルの形成と運営を行うようになってきた(メジャーリーガーと呼ばれる選抜チームが自主的に活動)
  • 結果イメージの予測が身についてきた(課題の解決法を検証)
  • 本質を見抜く目ができてきた(抽象化して考える力)

などの変化が見られると言います。技・人・心が高いレベルで融合した、描く力と作る力の両方を備えるエンジニアの育成を続けていくとのことです。

 ITエンジニアの底力

最後に萩本氏はITエンジニアの底力を4つ示しました。

  • 見える化(モデル)を理解している。
  • プロセスを理解している。
  • プロジェクトを理解している。
  • ロジカルに物事を考えている。

これらの強みを、業務を通じてロジカルにビジネス価値に転換していくプロセスが要求開発だと感じました。今後も継続的に行われるという本セミナーで、ニッポンダイナミックシステムズはどんな企業像を描いてくれるのか楽しみです。

 NDSの要求開発ビジネスアプローチ―株式会社ニッポンダイナミックシステムズ 荒井康氏

萩本氏の講演を受けて、荒井氏は要求開発を実践中の立場から要求開発の魅力を語ってくれました。ニッポンダイナミックシステムズは今年で創立40年を迎える独立系のSI企業です。萩本氏との出会いをきっかけに要求開発を導入し、その実践を会社の最上位目標に位置づけています。

要求開発の魅力とは

荒井氏によると要求開発には、

  • 案件を増やすためには、要求開発が扱う上流工程、ビジネス領域が重要
  • システム開発者をビジネス領域に導いてくれる
  • IT技術をビジネス価値につないでくれる
  • オブジェクト指向やモデリングなどシステム設計手法を応用できる
  • お客様視点とビジネス提案力を強化できる
  • IT企業としての差別化ができる
  • 見える化のツールを身につけられる
  • 技術力を強化できる

といった魅力があるそうです。ニッポンダイナミックシステムズでは要求開発の導入プロジェクトに、「匠プロジェクト」という名前を付け、ミッション、背景、期間、前提条件、制約事項、スコープ、組織を明確にしたそうです。プロジェクトのミッションは、要求開発を学ぶだけでなく、「ビジネスとして立ち上げ」「社内で普及させ有効活用し」「社内教育の柱として社内活性化を図る」ところまで含まれています。

 要求開発の導入は3ヵ年計画―施策の柱は3本

要求開発の導入プロジェクトは3ヵ年計画です。1年目は要求開発の準備と手探りを、2年目は要求開発を使ったビジネスの実践を、3年目はビジネス展開を、というのがそのロードマップです。3年間の活動は、

  • 企業ブランディング:NDS要求開発宣言、要求開発の旗振り
  • 技術力強化(教育):要求開発基礎講座、選抜メンバーへの実践教育、選抜メンバーによる啓蒙・普及
  • ビジネス展開:技術を提案につなげる、既存・新規両面

という3つの柱で進められています。

要求開発導入1年目の成果―NDS要求開発宣言とメジャーリーガー

1年目の成果としてめざましかったのは、NDS要求開発宣言に示された会社としての覚悟と、メジャーリーガーと呼ばれる選抜メンバーの活躍でした。この2つが要求開発1年目の車の両輪だったと言えます。ここで、NDS要求開発宣言を振り返ってみましょう。

「NDS要求開発宣言」(http://www.nds-tyo.co.jp/takumi/sengen.html)

  • ビジネス戦略に直結したITシステムを提供する。
  • お客様とともに真の要求を開発する。
  • 新たなITビジネスを開拓する。
  • 開発者として説明責任を果たす。
  • IT技術者の価値を高める。

この宣言を先頭に立って実践するのがメジャーリーガーです。技術系の社員から約10%が選抜され、多くが現業務と兼務しながら要求開発活動に携わりました(1~2名が専属)。彼らは「要求開発サービスメニューの策定を通じたビジネス推進」「ホームページやセミナーを通じたブランディング」「要求開発の社内教育・啓蒙」を進めました。現状ではシステム開発に偏った人材配置を、企画や保守、そしてコンサルティングや教育にも広げていきたいというのが荒井氏の思いです。

 要求開発導入2年目のゴールイメージ―ビジネス領域に踏み出す

要求開発導入2年目のゴールイメージはどうなっているのでしょうか。荒井氏は具体的な目標を示しました。

  • 匠Business Placeと協業しコンサルビジネスにチャレンジ
  • サービスメニューを提案し受注(年間20件以上、うち要求開発5件)
  • 要求開発専属部隊を5名以上に増員
  • 要求開発教育に講師として参加
  • お客様とWin-Winの関係を実感
  • 前プロジェクトの70%で要求開発を応用
  • 社員の20%が要求開発を実践
  • 要求開発の社内教育を自分たちで実践

すでに具体的なサービスメニューができつつあり、

【システム開発が企画されている場合】

  • 要件定義のビジネス価値向上サービス
  • 価値あるシステム開発サービス

【既存システムの保守に悩んでいる場合】

  • ホームドクター保守サービス

【業務・システムの改善を行いたい】

  • 業務改善の強化支援サービス
  • 業務改善のための要求開発サービス

というラインナップが固まりつつあります。

 要求開発導入2年目のゴールイメージ―匠Netの活用

要求開発3ヵ年計画の3年目のゴールイメージは、萩本氏が中心となって運営しているビジネスコミュニティ「匠Net」を活用した要求開発ビジネスへの本格的な参入です。ビジネスとして黒字化し、要求開発案件の受注が年間10件以上、全社売り上げのうち要求開発案件が10%を占めるという目標です。

会社として成功するだけでなく、IT業界への貢献することもゴールイメージに入っています。

 要求開発導入1年目のふりかえり―KPTを使って

最後に荒井氏は、この要求開発の1年目のふりかえりをKPT(Keep、Problem、Try)を使って行いました。Keepとしてはブランディング、メジャーリーガー制度、サービスメニューの作成、チャレンジ意識などが、Problemとしてはお客様視点の獲得、価値を描く力、匠への依存度の高さなどが、Tryとしては経験を積むこと、専門要員の配置、工数主義からの脱却、保守の次の開発サイクルの構築などが挙げられました。

こうして社内の様子を開示しながら改革を進めていくのは、新しいスタイルの企業改革法だと感じました。経営者も一体となって決意を内外にも示しながら改革を進めていく。これからの2年間さらにどういう発展をしていくのか。ニッポンダイナミックシステムズは新しいSIのあり方を、最前線から示し続けていくでしょう。