「全体最適のマネジメント改革」〜変えるのは現場ではない、マネジメントである〜
普通2時間はかかるであろう内容を、50分にぎゅーっと濃縮した充実のキーノートセッションでした。岸良さんの人をひきつけ、楽しくわかりやすいインタラクティブな講演の様子をここで再現することは難しいので、講演内容のできるだけ多くに要約してお伝えします。
お読みになって興味のある項目があれば、ぜひ岸良さんの楽しくためになる著書「全体最適のプロジェクトマネジメント」、あるいはWebで”岸良裕司”さんで検索してインタビュー記事などを読んでみてください。
■問題はプロジェクトの外にある
現場は絶えずカイゼンを行ってきた。その結果、いまや問題の多くはプロジェクトチームの外にあり、これを解消するにはマネジメントの力が必要である。そのために、マネジメントの変革が急務であり、TOC(theory of constraints)の考え方に基づいたマネジメントの改革の必要性と有効性を岸良氏は強調する。
TOCに基づく「全体最適のマネジメント改革」は、マニュアル人間を作り出してきた従来のCommand & Control型のマネジメントから、Communication & Collaborationに基づく人づくりのマネジメントへのチェンジでもある。
■精神論だけでは全体最適にはならない
「全体最適と部分最適とどちらが好きですか?」
こう問われると皆、全体最適が好きと答える。しかし、「あなたの周りは全体最適で動いているでしょうか?」と問われると首を縦に振ることができる人はきわめて少ない。全体最適でやろうとかけ声をかけたところで精神論だけでは変わるものではない。
TOCは物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士によって開発され、ハードサイエンスとして科学的に全体最適にマネジメントを変えていく。
■ボトルネック以外の生産性をいくら上げても成果は変わらない
カイゼンというと、あらゆるところに手をつけなくてはいけないと思いがちだが、ボトルネック以外をいくらカイゼンしても効果はなく、ムダである。
あらゆるところにムダに使っている労力を、ボトルネック解消のために使うことが大きな効果を生み出す。非ボトルネックがボトルネックを解消するために助けても、コストは増加することはなく、売り上げが上がる。すなわち利益が上がる。
スループットを上げるためには、ボトルネックを解消することに「集中」しなくてはならない。
■TOCによる改革により、職場に「和」が戻ってくる
ボトルネックの状態の人が他の人に助けられたらうれしいと感じるだろうし、他の人が困っていたら、今度は逆に助けてあげるようになる。「ボトルネックを見えるようにする」ことで、何も言わなくても現場はお互いに助け合うようになる。
TOCを導入して、「職場に和が戻ってきた」と言われることがとても多い。
■やらないことを決める -「集中」の重要性
TOCに基づくマネジメントでは、「今はやらないことを決める」ことが肝要。すなわち、今やるべきことに「集中」して取り組むことが重要である。
プロジェクトを行うのは人。現在はマルチプロジェクト環境であることが多く、あまりに多すぎるマルチプロジェクトによりもたらされるマルチタスクが、現場に混乱を招いている。
まずは、今やらなくてもいいプロジェクトをやらないこと。そして、「どのプロジェクトもなるだけ早く着手して、なるだけ早く終わらせる」という幻想を捨てなくてはならない。
マルチタスクがどれだけ物事を面倒にし、ストレスを生み出し、仕事を遅らせ、質を下げるかは、ほんの数分の簡単な「マルチタスクゲーム」をやると実感できる。「ぜひ、帰ったら上司にやってもらってください。きっとマルチタスクの害の大きさを実感してもらえるはずです。」と岸良氏。
「マルチタスクゲーム」とは、3つのプロジェクトに見立てた、1から順に20個の数字、アルファベット、4つの記号の繰り返しを紙に並べて書いていく簡単なゲームです。実際にやってみると予想以上のマルチタスクのオーバーヘッドに驚きました。やり方は、岸良氏の著書「全体最適のプロジェクトマネジメント」に詳細に書かれているので、ぜひ手にとってみてください。
■一流企業がTOCによるマネジメントの導入で成功している
TOCの世界大会での発表事例から2例、ボーイング社とオムロンヘルスケア社の紹介がありました。また、会場には大和ハウスで成果を上げた当事者がいらっしゃっていて、岸良氏からご紹介がありました。午後のChangeセッションでは、「常識の壁を打ち破れ〜大手ベンダーにおける新たな取り組みへの挑戦事例〜」として、株式会社富士通関西システムズの中江 功氏による取り組みも発表されました。
事例1:ボーイング社
一つのことに集中する環境を徹底して作り、大きな成果を上げている。
- タスク看板の導入
- 「今やることは1つだけ」にする。
- 見える化することで、割り込みを防止する。
- 7時から9時、13時から15時、一日2回の「集中タイム」
- この時間は、電話もメールも受けない。
- かかってきた電話には当番を決めて対応し、連絡は「集中タイム」が終わるまで待ってもらう。
- 「Don’t Disturb」札。防音、集中用にヘッドホン使用
- 「ここは集中と完了の職場です」と書いたポスターの掲示
など。
事例2:オムロンヘルスケア
- CCPMの導入により、35%の工数削減に成功し、開発のキャパシティが大幅にアップした。
- 人の成長に集中した。
まず、プロジェクトを全部洗い出したところ、小さな改善プロジェクトも含めると427もあり、これではやっていけないとマネジメントも現場も腹をくくって削減。本当に必要なプロジェクト25に削減した。これにはゴールドラット博士も驚きと賞賛の声を寄せたそうである。
たくさんあった改善活動をやめてCCPM一本に絞ることができた。
業者まで巻き込んで取り組み、あと6ヶ月でリリースの予定が1年半も遅れていた重要プロジェクトを納期どおりに終えることができた。集中により、現場の仕事の質も上がり、出す商品は次々とヒットし、シェアを上げている。
今やらないことを決めることで、仕事の質が上がり、結果的にビジネスの大きな成果につながっている。まとめに、オムロンの経営幹部のコメントを紹介したい。
― 変わるのは現場ではなくマネージメントである。
マネージメントが変われば現場が変わる。 ―
(早版として公開しましたが、内容を確認のうえ、そのまま正式版として公開いたしました。)